
現行のスクール17期の様子を書いておきます。
7月から始まり、月に一度、土日の週末を使い、その間には練習会を挟みながら進んでいる17期、実質2週間に一度は顔を合わせる計算になりますが、積み重ねてきている時間で、皆の親密度も上がってきています。
昨日は「怒り」をテーマに、肝臓へのタッチを探求していきました。
同じ日のSNSから流れる映像には心痛みました。フランスをはじめヨーロッパで起きている人々の不満や怒りが大きなうねり。そこには、社会の仕組みや暮らしへの不安、移民問題など複雑な問題が絡み合っているのだと思いますが、
こうした出来事を目にするとき、私たちは”怒り”という感情の大きさやその現れ方に目を奪われます。
けれど、昨日のクラスでも改めて話したことは、怒りそのものだけでなくその奥にある感情を感じ受け止めることの大切さでした。
怒りは「木」の感情
東洋の五行の考え方では、怒りは「木(Wood)」の性質に関わります。木が枝を伸ばし、成長し、広がっていくように、怒りにも、勢いを増し、拡大していく性質があります。また、怒りは陽の性質を持ち、熱く、力強い感情です。
表面的で、外へ向かい、
増幅するエネルギーがあり
私たちを行動へと駆り立てます。
怒りは、深い感情を守る鎧
怒りは外に現れた極端なものが暴力、でも誰だって怒りたくないし、怒りを表さないよう躾けられたりすると、内に向かい今度は自分を傷つけます。
ただそのエネルギーの奥には、悲しみや喪失感、恐れといった感情があり、それは私たちから力を奪ってしまうので、深いところにある感情に触れないように、怒りで蓋をしてしまう。
それは、鬱状態に陥ることへの究極の防御でもあるのです。
だからこそ、怒りは、「抑え込むべきものではなく”敬意をもって”扱う感情だ」とTaoTouchの師ジルマランは伝えてくれます。
剣を研ぐ
では、
怒りとどう付き合っていけばいいのでしょうか。
こちらもジルマランの言葉で
「自分の剣を磨き研ぐ」。
五行では金(Metal)は木(Wood)を制すると考えられています。
金属の刃が木を整えるように、研ぎ澄まされた繊細な感覚が荒れ狂う感情の奥を気づかせます。だから、怒りをなくそうとしたり無理に抑え込んだりするのではなく、自分の内側を感じ取る力を磨いていくこと。
・呼吸を深めること
・身体の感覚に繊細に意識を向けること
・怒りの下に隠れている悲しみや恐れに触れる勇気を持つこと
怒りが湧いたとき、その矛先を相手に向ける前に「いま、私の体で何が起きているのか」「この怒りの奥にどんな本当の感情があるのか」を感じとっていく(金の性質) ことが、剣を磨いていくことなのでしょう。
また、木(Wood)のエネルギーは、抑えることでは解消されないため活動を別のものに変換させるといいということから、昨日のクラスでは、走る・歌う・ダンスする、、など、体を使うことでエネルギー転換することがいいね、、などという話にもなりました。

世界の怒りと、自分の怒り
そして。
遠い国の街で起きていることと自分の胸の内にあるものは、一見つながりがないように見えるけれど社会の最小単位はこの「わたし」。
怒りが言葉や行動となって表に出るとき、建設的な方向へ向かうのか、破壊的な方向へ向かうかのは、その力をどう扱うかにかかっている。
怒りの奥にあるまだ触れられていない声に耳を傾けられるようになったとき=気づいた時に、怒りのエネルギーは転換され
溶け、破壊的な力から、健康的に伸びゆく力となっていくのではないでしょうか。
今振り返ると、私の最初のチネイザン体験も、溜め込んでいた怒りの奥の悲しみが滝のように噴出した体験でした。
昨日のクラスの時間では、大きな怒りを抱えている人はいなかったもののシンプルに、肝臓という臓器の感覚と自分が繋がった時に、なんとも言えない安堵感を感じたというシェアもあり
TaoTouchチネイザンを通して
身体に触れ、自分の感覚に戻り
技術を通して自分に起きていることを知る
その積み重ねは探求のし甲斐があるなぁと皆で感じた時間でした。
